紹介状の話

他の病院、医院に「紹介状」を書くことがあります。正式には「診療情報提供書」といいますが、患者さんが転院されるとき、病院に入院されるとき、あるいは画像検査など、他の病院でしかできない検査を受けていただくときに書きます。

春は人々が異動や移動をする季節です。患者さんは精神科の医師に対し、他の科にはない離れがたい気持ち(これを「転移」といいます)がおきることがあり、遠くに転居されても通ってくださる方がおられます。ただ、それを医師が利用して、治せていない患者さんを引き留めたりすることは、私はすべきでないと考えます。私は、患者さんがよくなれば通院間隔をあけ、診療を終え、他の医院でも治療可能なら、遠くに転居されるときに紹介状を書きます。いい先生を探すお手伝いをすることもあります。

そして、精神状態が悪化すれば精神科のある病院に、急にお身体の具合が悪くなれば内科や外科などの病院に入院を紹介します。また、たとえば患者さんが緑内障という目の病気を患っているか最初に確認します。緑内障の一部には、精神科で使う薬の服用を注意すべき場合があるからで、通院されている眼科の先生に、お尋ねすべく紹介状を書きます。

ただ、当院に初めて来られる患者さんが紹介状をもっておられるとき、拝見してもがっかりすることが少なくありません。病名と今の症状、薬の内容だけが書かれているときです。私は、精神科の患者さんを紹介するとき、その方がどういう生活の背景をお持ちで、いつどのような問題が起き、病気を患って受診されてから、どのように診断・治療をされ、お薬の内容がどう変わっていったかを伝える必要があると考えています。そのうえで、現時点でこのような課題があるということを書くのです。「人に歴史あり」「歴史とは現在と過去との対話」という言葉があります。過去の歴史を知ることで現在の姿がよくわかるというものです。

私たちの間では、紹介状をみれば、その医師の診療の実際、能力の一端がわかるともいわれています。こうした紹介状は、急に書く必要が生じることが多く、短い時間で書かないといけません。しかし患者さんの診療をよく行い、診療録(カルテ)をしっかり書いていれば、15分程度の短い時間でも、一枚の紙いっぱいに、簡潔かつ丁寧にこれらの内容を書くことができるはずだと、経験上確信しています。

そして通院が長い患者さんの場合、保健福祉上のサービスを受けている方がおられます。障害者としての手帳を取得するための診断書には、以前通院や入院をされた病院・医院とその期間なども書かれています。別の医師が次に診断書を書くときは、以前の通院先で書かれた診断書を参照しないと、詳細には書けません。転院して来られた患者さんでこうした診断書を書くとき、写しの送付をお願いするのです。ですから次の先生が書かれるときのために、私は紹介状と一緒に診断書の写しも同封しています。こうしたことをすればいいだろうと容易に想像がつくと思うのですが、そこまで気を配られる先生は多くはおられません。

薄い封筒のなかに入った紹介状には、私のいろいろな思いが詰まっています。患者さんが他でもよく理解され、いい治療を受けられることを願っています。