続 成長することについての話

前回の話の続きです。

人が成長するとは、能力を伸ばすことでもあります。人間の能力の可能性は無限だとは、励ましの言葉としてよく言われることです。電車内の求人広告でも、「薬剤師の可能性は無限だ」などと書かれています。しかし実際は、能力を「無限」に発展させた人などいないし、私たちは常々、能力の乏しさを実感させられており、能力は有限だと思わせられます。可能性は無限、しかし能力は有限とはどういうことでしょう。

無理だ、限界だと思っていたことに挑戦し、できなかったことができたと実感することを経験した人はおられると思います。スポーツでの記録を考えるとよくわかりますが、それ以前の自分の記録、すなわち限界値を超えたとき、決して能力が「無限」になったわけではありません。限界値が少し先になったということです。そしてその少し先の新たな限界値に挑むために、また大変な努力を要します。そしていつかそれを超えたら、また限界値が先に進みます。その進みは決して一足飛びではなく、一歩一歩、亀のような歩みです。そしていずれは本当の限界値を知らされる時が来ます。こうして、能力は有限だが、そのなかで無限に限界値を伸ばすことができるという、逆説的な経験をするのです。

ある心理学者が、「発達の最近接領域」という学説を打ち立てました。生徒が持っているその時点での能力と、先生、指導者がもつ能力のレベルとは、雲泥の差があります。ではその差はどう縮まるのでしょう。実は生徒は先生の指導を受けて、一気に先生のレベルに到達するのではなく、生徒のその時点でのレベルに「近接」した部分へと少しだけ伸びるのです。その部分を「発達の最近接領域」といい、生徒一人ひとり違うものです。その扉を開くためには、先生は生徒一人ひとりの個性をよく見極めないといけません。やさしすぎてもむずかしすぎてもいけない。そして、生徒にとっては、先生の指導は必ずしもなくてもいい、他の仲間や、生徒の一歩先を進んでいる先輩との共同作業があることが大事だと考えられています。一人では開けられない、しかしみんなともに学ぶなら、教えてもらわなくてもできるようになる、こういう領域はやはりあると感じられます。

こうした過程を通じて、一歩一歩能力を高めていき、いつかは先生のレベルに追いつくことができます。そしてときに、生徒が自ら学び、伸びていくことを覚えたとき、生徒が先生を超えることも、ありえます。能力は有限、でも可能性は無限です。こうして人が成長していけるのだと考えます。しかし実際には、ほとんどの人は、自分の限界まで近づく努力をしているとはいえません。対象は何であっても構いません。この春、新しく仕事についた方も、その世界で、少しでも自分の能力を伸ばすことを考えていただければと思います。