日野原重明先生と診療録の話

先日、105歳の天寿を全うされた、故日野原重明先生について、一冊だけご著書を買い、一度卒後研修についての講演を聴いたことがあります。ふだんから、信仰や、戦時中に医師になられた背景もあるでしょうが、いのちと平和の大切さをてらうことなく話され、私には少しまぶしく見えていました。亡くなられたときに報道された、先見の明があったお仕事として、人間ドックや予防医学を提唱されたこと、成人病は(生活)習慣病であるといわれたこと、ホスピスなど終末期医療の普及に努められたことがありました。ただ、全ての科の医師にとって関わりのあるお仕事の一つに、日本の医療に、いわゆるPOSの考えに基づくSOAP形式の診療録(カルテ)記載の導入を促されたことがあります。

私の病院常勤時代は、まだカルテは紙で、医師記録と看護記録は別でした。医師記録は医者の備忘録みたいなもので、昔はドイツ語、その後英語で”簡潔に”書くものとされていました。今はほとんどの病院が電子カルテになり、医師も看護師も、また薬剤師や検査技師、事務職員を含め、全スタッフが診療録を共有する時代で、日本語で書くものとされました。チーム医療というものです。

POSとは、problem oriented systemという言葉の略で、問題志向型方式といいます。何が問題かをその都度考慮し、それに応じて評価をするという考えです。それを具体化した記載法の一つが、SOAPと言われる形式です。①subject(患者さんの主観的な訴え)、②object(客観的な状態)、③assessment(訴えと状態から判断されること)、④plan(その判断から立てた計画)を、毎回書いていきます。たとえば、①からだがだるい、咳が出る。②熱がある、喉が赤く腫れている。③風邪をひかれたのだろう。④休んでもらう。お薬を出す。といったパターンです。

精神科の場合も、こうした方式をとることはできますが、患者さんの訴えの重要度が強いことと、それにも関わらず、こちら側の冷静な判断が求められることが特徴だと思います。そしてその間に、患者さんに、ご自身が理解されていると感じていただくことが必要かと思います。さらに、身体を診る科と違い、変化の速度が、ときに速いものの、ゆっくりであることが多いので、ずっと同じであるようにみえて、時期が経つといつの間にか変わっていたということがあります。また、planについても、細かい方針と巨視的な方針の、両方が必要かと思います。

私の考えを書きましたが、どんなふうに医師、精神科の医師が考えているかの、一端を知っていただけたのなら幸いです。